南台湾へ、旅は始まる事なく終わりゆく、飛行機に乗れないオッサン三人組
血の気が引くってこういう事なのか
係りの女性を先頭に、必死になって走るオッサン三人組。
店長さんはなぜだか鼻血が止まらず、手を血まみれにしている。
こんな事ってあるんだな、絵に描いたようなハプニングの真っ最中とはいえ、僅か数分前の状況に比べると希望の光が刺し込んでいるではないか。
時間を15分ほど前に遡ろう。
パスタを食べ終わり、Y田さんは奥さんと携帯ショップへ。
私は煙草を吸うため喫煙ルームに、店長さんはどこに行ったのだろう。
その後三人は集合し、搭乗ゲートへ。
かなり大勢の人が並んでおり、最後尾に付く。
Y田さんの奥さんが笑顔で見送り、手を振り応えるオッサン三人組。
列は徐々にではあるが、進みだしている。
ゲートが近付き、パスポートとチケットを見せる。
係りの男性が、我々のチケットを見た時の表情が明らかに曇った。
見つけた。という表情、三人は即座に係りの男性に連れられ、列の合間を潜り抜けゲートを超える。
USJのアトラクション待ちで列に並ぶことなく、乗り込める人がいるのをご存じだろうか。
並んでいる人を尻目に涼しい顔でアトラクションに向かえるのだ。
そう、我々はちょうどそんな感じで係員に連れられてゲートを潜り抜けた。
ゲートを抜けた所で、待たされる三人。
航空会社の女性係員が私たちのもとに駆け寄る。
女性係員が言う。
「もう間に合いません。この便には乗れません。」
血の気が引くって事を本当の意味で、全身で感じた瞬間だった。
昔、長い事付き合っていた彼女に、突然別れを告げられた時の衝撃と同等、いやそれ以上だったかもしれない。
どうやら我々の前に並んでいた長蛇の列は別の便だったらしい。
のんびりパスタなど食べている場合ではなかったのだ、我々の便の乗客はすでに搭乗しており、遅れて呑気に列に並んだ我々は、別の便の乗客の渋滞に巻き込まれていたのだった。
呆然と立ち尽くす、言葉にならないし言葉に出来ない、脳で考える事を言語化する能力を失った三人。
Y田さんがやっとの思いで口を動かす。
「な、なんとかならへんの、無理なん。」
声が半分裏返り、震えているように私には聞こえた。
「夜の便に空きがあるか確認します、ただ夜の便もかなり厳しいかと思われます。」と女性係員。
この事態は本物なのだ。今から全力で走ってなんとかならないのか、諦めるには早いだろう。
Y田さんが本日二回目の怒涛の粘りをみせる。
「頼むわ、なんとかならへんの。」手を合わせ、拝む。
相手は神じゃない。生身の人間相手に人が手を合わせる時、そこにはよほどの事情があるのだろう。
「もう間に合いません。」と女性係員。
私はこの瞬間すでに、無理を言って、連休をもらい、お土産期待しといてね。などと伝えてしまった会社の人達への言い訳を考えていた。
店長さんも明らかに狼狽している。焦点が合わずいつも以上に挙動不審が目立つ。
マスクをしている事も手伝ってか、不審者以外の何物でもない。
全てが終わりを告げたかのように思われたその時、べつの女性係員が駆け付けた。
女神と共に走り抜けた、空港内
新たに表れた女性係員、そして一言、「大丈夫です、まだ間に合います、走りましょう。」
その後のダッシュはおそらく、我々の中で一生の思い出となるだろう。
女性係員を先頭に必死に走る、三人。
よほどの衝撃を受けたのだろう、店長さんの鼻からは血が、いわゆる鼻血である。
走るオッサン三人、その内の一人は鼻血を出している。
ひどい絵面である。いつか私に子供が出来ても、間違えなく伝える事はない話だろう。
税関も無理を言って割り込ませてもらい、飛行機に向かうシャトルに乗り込む。
肩で息をし、束の間の小休憩。
女性係員が言う。「安心して下さい。三人を乗せてからの出発です。」
心から安堵の溜息をついた。
とりあえず乗れるのだ。一気に緊張から解き放たれ、Y田さんも本来の冗舌を取り戻す。
この時、我々三人と共に空港内を走り抜けてくれた女性係員の対応が本当に素晴らしかった。
笑顔も女神のように思えた。Y田さんがサーフボードのトラブルがあった事を伝え、今日はトラブル続きだと言うと、「それは、こっちの対応も悪いですね。それで並ぶのが遅れたんですね、すいません。」などと、我々の味方になってくれた。
呑気にパスタを食べていた事はもちろん闇に葬った。
とにかく素敵な女性だった。
おっさん三人はこの女神にメロメロとなり、出来る事ならもう少しこの女神と共に時を過ごしたいと感じた事だろう。
素晴らしい出会いだった。願わくばもう一度会ってお礼を言いたい。
探偵ナイトスクープに依頼してみるのも一つの手だと思う。
桂小枝が探偵で現れ、女神を探す。
四人で、もう一度空港内を走るのもいいだろう。そこそこの視聴率がとれるのではないだろうか。
シャトルから降り、ラストスパートをみせるオッサンと女性係員。
最終ゲートを潜る瞬間、Y田さんが一悶着あった荷物係の女性もゲート前に居合わせ、本日お世話になった全ての人に見送られ、機内に乗り込んだ。
我々三人のために遅延した飛行機。
汗だくになり、席に着く。
他の乗客が我々の事をどのような目で見ていたのかはわからない。
気にしないでおくのが精神衛生上いいだろう。
呼吸を整え、出発を待つ。
出発まで少し時間があった。
ここで、Y田さんが、一言。「遅いな。早く出えへんのか。」
さすがの一言だった。
そして今、私はこの記事を南台湾のゲストハウスで執筆している。
台湾に着いてから何度、「来れて良かった。」という言葉を三人で交わした事か、無事に来れて本当に良かった。
旅にハプニングは付き物だ。
大きなハプニングであればあるほど、いい経験、そして大切な思い出となるだろう。
しかし、もう二度と、搭乗前にパスタは食べないようにしよう。
aloha shigeru!!!