「山の不可思議事件簿」という本を購入、ブックカバーのみでと伝えたのにレジ係はこんな形に仕上げた
自然界よりも不可思議が起こる都会
仕事の帰り道、何気なく本屋に立ち寄った。
まず最初にファッション誌のコーナーに行く。いつもの流れである。
気になる雑誌を一通りチェック。服を買うことなく、お洒落になった気にさせてくれるものだから、ファッション誌の立ち読みは止められない。
オーシャンを読んでいる間は海男に、レオンを読んでいる間はチョイ悪おやじに、こうして、空想の衣を身にまとい、次のコーナーへ足を向ける。
専門誌のコーナーでパソコンのお勉強だ。
ここ最近ノートパソコンという無敵の遊び道具を手に入れたものだから、このコーナーに関しての興味はとても強い。
それにしても私がノートパソコンを持つとは、人類が火を手に入れたほどの大きな変化である。
パソコンの知識を蓄え、おそらく帰宅時には忘れているだろうが、文庫本のコーナーに向かう。
その途中、新刊のコーナーで「山の不可思議事件簿」(上村慎太郎著)
という本を見つけ、心惹かれる。
つい先日まで椎名誠の本を読んでおり、大自然やアウトドア的なフレーズにとても敏感になっているものだから、迷わず手に取る。
世界中の山々で起きた不可思議な体験談を綴っているこの本。
その中には科学では証明出来ない、霊的な存在や、未確認生物が存在する可能性も記されており、とてもロマンチシズムを感じさせてくれる。
こんな本がとても好きだ。
値段もお手頃という事で、すぐさま、お会計に向かう私。
レジ係のおそらくアルバイトであろう青年に本を差し出す。
代金を受け取りながら、青年が言う。
「ブックカバーはどうされますか?」
「ブックカバーのみにして下さい。」と私。
私は本屋で本を購入する時、基本、袋はもらわない。
もらうのはブックカバーのみだ。
これは資源や環境が、とかの問題ではなく、そんな自分以外の何かを大切にする余裕は今のところない。
理由は単純に邪魔だからである
しかし、ブックカバーは必要である。通勤を電車で行っている私にとって、電車の中は恰好の読書タイムだからだ。
そんな時にどのような本を読んでいるかが、乗り合わせた他の乗客に知られるのは、少しばかり恥ずかしい。
今回購入した、「山の不可思議事件簿」などという本を堂々と読んでいては、明らかに私が不可思議な存在と思われる。
ブックカバーのみ、がどのように伝わったのか?
代金の支払いが終わり、青年が本のサイズに合ったブックカバーを探し出す。
そこで、私の携帯が震え出す。
鞄から携帯を取りだし、液晶を見つめる。
下らない迷惑メールである。
携帯を鞄にしまうと同時に、レジ係の青年が、「お待たせしました。」
顔を上げ、ロマン一杯の「山の不可思議事件簿」を受け取ろうとして、目を疑った。
な、なんと斬新な、こんな商品の渡され方は前代未聞だ。
まず第一に袋が付いている。
そして袋の中に本は剥き出しのまま入り、ブックカバーは折り畳まれる事無く、縦長の状態で本と共に袋に入れてあるのだ。
わけがわからん。
「ブックカバーのみで。」がどのように伝わりこの形に行き着いたのか、装着することなく、ブックカバーはそのままくれ。という意味で受け取った可能性が高い。
つまり私の事を、ブックカバーを装着させる事が楽しみな不可思議な奴と思ったのだろう。
購入した本から私という人間を読みとったつもりか、その読みは的外れな深読みというものだ。
わざわざ、指摘するのもめんどくさいので、そのまま受け取る。
ブックカバーが袋から飛び出し過ぎているため、袋の取手に手をかける事も出来ない。
ピラピラ、ピラピラと寒風にブックカバーをたなびかせながら家路を歩く。
なんだかとても滑稽だ。
不可思議なことは大自然の中よりも、我々人間が住み着く、この街の中に多く存在している気がする。
aloha shigeru!!!