上司に見る目がない、しょうがないので私も面接に付き添う
熊の”世界格闘紀行”
ここ最近は、面接官をする事が多い。いや、正確に言うと、面接の付き添いである。
本来、面接は私の仕事の範疇ではない。
しかし、採用した新人が、出勤初日から来ないという事態が多発。
この影響で、面接を担当していた上司の心は根っこからへし折られ、「俺は人を見る目がないわ。一人じゃ無理やから付き添ってくれ。」と泣きべそをかかれたので、しょうがなく付き添う運びとなったのである。
そんなこんなで、面接官のポジションに付いた私。
自分以外の人間にほぼ興味のない私が、面接をして、人の人生の左右を決める事になるとは、この会社の未来も相当、危うい。
その日、面接に来られた方は、とても大柄な熊のような人だった。
ハキのある声で、いかにも体育会系、完全に接客向きの男だと、面接官の私は瞬時に感じ取る。
しかし、見た目はいかんせん熊だ。
これは難しい判断を強いられる、完全に面接官の顔で考える振りをしてみる。
そこで、履歴書の提出。
差し出された履歴書を見て、私と上司は一瞬固まる。
まず、履歴書そのものがボロボロである。
長い旅をして、ここまで持ってきましたばりの、レトロ感漂う履歴書。
証明写真は半分枠から落ちており、糊の粘着力すら乾かしてしまうほどの年代物なのかもしれない。
職歴の部分は完全な空白、上司が重い口を開いた。
「今まで何をされていたんですか?」
熊は言う。「世界を回ってました。とにかく世界の強い奴らと闘いたくて。」
なるほど、それで履歴書がこの有様なのか。守り抜いた結果が、このレトロ感な訳だ。
「闘ってどうなったんですか?」売り言葉に買い言葉、知りたくもない事を上司が聞いてみる。
「ボコボコにやられちゃいましたよー、アフリカの奴らは特に強いですね。筋肉量、ハンパじゃないっすからねー!!」
何故に世界の強い奴らと闘いに行ったのか、いずれにせよ、とてもフットワークの軽い、ハッピーな人のようである。
話は、熊がブラジルで経験した、二メートルの大男との死闘に移った。
上司は完全に熊のペースに巻き込まれ、肝心な事が何一つ聞けない状態である。
「あんな漫画みたいな大男、初めて見ましたよ。もう体格だけで勝負あり!!って感じでした。」
あんたも十分に漫画みたいな奴だ、そしてこの面接も勝負ありだ。
毒づく思いを胸に抑え込み、熊の”世界格闘紀行”を聞き続ける。
上司が決死の割り込みで、一言。
「将来はどうなりたいんですか?」
熊は少し、考え、「やっぱ、DJですかね、世界を回るDJになりたいです。」
熊よ、あんた、ここに何しに来たんだ。
約二十分にわたる、熊の”世界格闘紀行”を聞き続け、面接は終了。
浪費感と疲労感でクタクタの私に上司が言う。
「さすがに採用は出来へんけど、ちょっと”あり”かな。って思ったわ。」
どこが”あり”なんだ。どの部分を聞いて”あり”と感じたのかさっぱりわからん。
話の内容ではなく、全体からにじみ出る人柄。とか言うんじゃないだろうな、それにしても話がファンキー過ぎるだろ。
見る目がない自分をすでに忘れかけている上司と、呆れて言葉が出ない私。
しかしだ、忘れてはならない。私もこの人に面接を受けて、入社するに至ったという事実を。
aloha shigeru!!!