日々楽書~針小棒大~

くだらない事を宇宙規模で

とてもニュアンス的な話、”しっかりしている”と”ちゃんとしている”について

この差はなんだ!!!旅立つ彼ら、残る私

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 あくまでニュアンス的な話なので、わからない人にはわからないと思う。

 それでも私と同じ様な状況下で、また同じ様な感覚を持って生きている数人の人には「とても良くわかる。」と言われたので、書いてみる。
 ”結婚”についてだ。

 そして、そこに深く関わっていると私が勝手に考えている事。

 ”しっかりしている”と”ちゃんとしている”についてである。

 ここ数年で、私の周囲のとても仲の良い、友人が相次いで結婚した。知らぬ間に向こうの世界に行ってしまった感がとても強い。
 学生時代に同じようにバカな事をして、全裸になったり、ウンコを踏んづけたりしていた仲間が、一人、また一人と向こうの世界に旅立って行く。
 当時は同じ様なラインにいて、いや、むしろ私の方が彼女もよくいたし、モテていた記憶もある。
 それがこの歳になり、向こうは結婚し、家庭を築き上げ、それなのに私は今だ結婚の気配は皆無、相も変わらず自分の好きな無意味な事と、エロの狭間を行ったり来たりしているだけで、これから先の人生がさっぱり見えない。
 この差はなんなんだ。ある夜そんな風に思い、一人考えてみた。
 
 私の周囲の向こうの世界に行ってしまった友人達はとても”しっかりしていた”。

 世間で言う”しっかりした人達”なのである。
 しかしだ、私も負けないぐらいに”しっかりしている”と自負しているし、基本、人からは「年齢の割にしっかりしているね。」などと言われる事が多い。
 結婚に”しっかりしている”は関係ないのだ。
 おそらく、私と彼らの違い、それは”ちゃんとしている”、かいなかではないだろうか。
 向こうの世界に行ってしまった彼らは、”しっかりしている”と同時に”ちゃんとしている”のである。
 すでに意味がわからん、と言う人が多いかも知れない、しかし私にはここにとても大きな差を感じざる終えない。
 
 ”しっかりしている”、これは見せかけレベルの話だ。
 誰でも装う事の出来る、世間の常識に合わせた、仮面のようなモノのように感じる。
 ”ちゃんとしている”は違う。
 結婚や家庭を築くという、美しく、崇高だと思われがちなモノに向けて、着実に歩を進める事の出来る、揺るぎない力の事だ。
 それが美しく、崇高なモノであるかは実の所わからないが。
 私にはこの着実に歩を進める事の出来る力があまりにもない。

 揺るぎまくりのブレブレである。
 
 そこが間近に迫れば迫るほどに、足下を見たり、振り返ったり、ちょっと寄り道をしたくなる。
 ”ちゃんとしていない人”はおそらく皆こんな感じなのではないだろうか。
 そして、これが私と向こうの世界に旅立って行った、彼らの違いではないだろうか。
 
 あくまでニュアンスの話だ。
 文章にしてみると、より一層、わけがわからなくなってきた。

 文章にすること自体が間違いか。
 それでも感覚的にはしっくり来る。
 わかる人にはわかる。
 そんなニュアンス的な話である。
                 aloha shigeru!!!