日々楽書~針小棒大~

くだらない事を宇宙規模で

日常の”ゾーン”

フレッシュ感なき、新社会人 

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 道路に面したカウンター席、私はコーヒーを飲み本を読んでいる。

  私の横でくたびれて、完全に眠り込んでいる青年は、フレッシュなスーツ姿で、真新しい春使用のコートをイスにかけている。
 
 この春、社会に羽ばたく、新社会人なのだろう。
 眠りこけている姿を少しの間、凝視してみて思った。
 「こいつ、フレッシュ感ねーな。」
 この時期だから、一日中ガイダンス的なのを受けてクタクタに疲れ切った姿なのだろう。
 
 吸い散らかしたタバコの吸い殻は、灰皿に山のように溢れ、シャツの皺など気にするでもなく、ただただ眠いのだ。
 
 季節は春だ。一年でもっとも眠く、現実と夢が曖昧すぎて、自分が何をしているのか、また何をしたらいいのかが訳わからなくなる”魔の季節”。
 そんな季節に新たな世界へ、足を踏み入れなければいけないなんて、残酷で陰謀がかっているとしか思えない。
 まだ見ぬ世界に大きな期待を抱けるのも、狂ったように出会いを求め出すのも、無意味に引っ越しがしたくなるのも、春だからである。

 何事も、春がそうさせるのである。
 そしてまた、春の訪れは冬をこえた証なのだ。
 寒き冬をこえたからこそ、暖かなこの季節の訪れは人々に希望を与えるのだろう。
 
 フレッシュ感なき新社会人が目覚めたようだ。
 辺りをキョロキョロと見まわし、自分の居場所がどこなのか一瞬、把握出来ずにいるようである。
 大きなため息を一つ。
 頭をかき、完全な寝起き状態。
 窓の外を見つめ、冷めたコーヒーの残りを飲み干す。
 そして、鼻くそをほじくり始めた。
 人差し指と小指を巧みに使い分け、大物を掘り当てる事に神経を集中させる。
 寝起きにもかかわらず、これほどまでに神経を集中させることの出来る作業は他にはないのではなかろうか。
 

 集中とは”一つのことに意識を向けること”を言う。
 寝起きだから、その行為に対しての恥ずかしさは鈍感極まりない。
 また他のことを考えられるほど意識も覚醒していない。
 鼻くそをほじるには寝起きが最もふさわしい、ゴールデンタイムなのだ。
 そして、全ての人がこの瞬間に”ゾーン”に入り込む。
 時間的感覚を忘れ、一点のみに全意識を集約させ、大物を狩る。
 その証拠に、彼は鼻くそをほじり始めて、すでに8分という時間を経過させている。私は隣で腕時計を気にしていたので、間違いない。
 おそらく彼の時間的感覚は僅か数十秒の行為であると感じているはずだ。
 大物を掘り当てたのか、掘削作業は終了し、スマホをいじりだした。
 ほじり始めてから、9分。
 出血してもおかしくない掘削時間である。
 
 フレッシュ感なき新社会人よ、君は今、完全に”ゾーン”に入っていたのだ。
 それを知っているのは、無論、私だけである。
                aloha shigeru!!!