優しさとは”瞬発力”席を譲るのに費やした時間300秒
出来る事なら人には優しくありたいと思うけど、日々が積み重なり続ける中で、疲労と焦燥が募り、そんな事は忘れてしまう。
今日もそうだ。熾烈な争いを勝ち抜き、腰を落ち着かせる事の出来た電車の座席。
ボクの目の前に、老人が立ちすくむ。
なんでよりによって、そこに立つんだ。ポジション的に席を譲らなければいけないのはボクだ。
周囲の人々は”気付かない”もしくは”寝たふり”を決め込む。
電車の揺れが、老人とボクの心に揺さぶりをかける。
”吊革”に必死にしがみつく老人。あまりに不安定なその姿。
それでも席を譲る勇気を持てないボクは”言い訳”にしがみついているのだろう。
「俺だって疲れているんだ」「早くから並んで座れた席なんだ」
こんな状況下での座り心地の悪さは尋常ではない。先ほどまでの眠気はどこに行ったのか?本を開いても、活字の一つ一つが難解な暗号にしか見えない。
電車が走り出して5分、ボクはついに立ち上がり、席を譲る。
譲り際に「すいません。気付きませんでした」と嘘をついた。
老人はボクに対して、何度も頭を下げ、電車の降り際にもお礼を言ってくれた。
そんな老人の姿に、嬉しくなり優しい気持ちになったけれど、「いやいや、たかが席を譲るぐらいの事に、けっこうな葛藤があったんだよ」
「最初の5分、ボクはあなたの存在を無視してたんだよ」そう思うと、感謝の言葉に対して申し訳なさが出てきてしまう。
優しさって”瞬発力”がいることなんだ。咄嗟に、無意識に、身体や言葉が反応しないといけない。
優しさを捻り出すために費やされた時間、5分。
秒数にして300秒。あまりに長い。
映画「マイインターン」で主人公のロバート・デニーロがハンカチを持ち歩いている理由について「人に貸すため」と答えている。
電車の座席に座る理由を「誰かに譲るため」と思えば、ボクのたるみ切った身体に、少しばかり”瞬発力”が芽生えるかもしれない。
aloha shigeru!!