シャンプーは他人にしてもらうものである
シャンプーとリンスを完全に断ち、約一ヶ月が過ぎた。
最初の間は油っぽさが気になったものの、今ではその油っぽさに人間らしさを感じている。
きっとこれが本来の姿なんだと思う。
必要以上に泡で身体を擦り付け、大切な物まで削ぎ落としてしまう現代人の入浴は明らかに正気の沙汰ではないのだ。
そして、今日、脱シャンプー&リンスを決め込んでから初めての美容院に訪れた。
担当の美容師さん(癒し系の素敵な女性)が後頭部を嗅いでくれる。
「全然大丈夫ですよ!!無臭です。」
気を使って言ってくれているのかもしれないと思い、そんな疑いの心を貧しく思いながらも、そこそこ長い付き合いだし、嘘はないだろうと思い直した。
こんな風に、頭部を匂ってもらっていることを人に言うと、それは性癖だ、と罵られるかも知れないが、それは断じて違う。とも言い切れず。
仮に性癖であったとしても、僅かな欲求の、ささやかな満たし方だ。
これも代金の内、と考えることにしよう。
後ろ髪をスッキリさせ、耳を出し、前髪とトップ部分はそこそこの長さに保つ。ここ一年ぐらいの定番となっている髪型に仕上がっていく。
そしてカラーを入れる。カラー液を頭に塗り終えて、頭にタオルを巻いたラーメン屋店主の風貌で、喫煙室に入る。
ここの喫煙室はお気に入りの場所の一つだ。
大阪の大動脈と言える、メインストリートの一つが十階の高さから見下ろせる喫煙室。
カラーが毛の一本一本に浸透していく僅か十分、タバコを二本吸い、サービスのコーヒーを飲む。
そしてこの街を見下ろしてみる。
遙か下にある地上、その下には地下の世界が広がる。
向かいのビルはこの窓からでは最上階が確認出来ないほど高い。
上にも下にも、人は自分達の支配下を広げ続けている。
都会の中で生きていることを強く感じる瞬間だ。
担当美容師さんに声をかけられ、シャンプー台に着席する。
一ヶ月ぶりのシャンプーに頭皮や毛根はどのような反応を示すのだろうか。
いい湯加減のお湯で、カラー液を洗い流し、シャンプーが美容師さんの手に盛られている音、シュコシュコと。
ノズルから出た液体は、頭皮や毛髪に馴染みながら、すぐさまその形を泡へと変えていく。
美容師さんの洗練された技術が、頭皮と毛髪を活性化させ、その瞬間全神経は頭部にのみ宿るのだ。
昇天しかけるのを、やっとの思いでこらえて、この快感を余すことなく味わおうと思った。
そして、シャンプーは他人にしてもらうものだと心から思った。
自分でするものではない。
それが本来のシャンプーなのだと。
ドライヤーをあててもらいながら、そう伝えると、「大げさですよ」と笑いながら肩を叩かれた。
その笑顔がとても素敵でした。
aloha shigeru!!