日々楽書~針小棒大~

くだらない事を宇宙規模で

BAR HARBORU INNにて

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 友人のHと二人、重厚な扉の前で立ち尽くす。

「日を改めるか?」

 Hの弱気な発言に、煮え切らない奴だと心で軽蔑しつつも、扉に手をかけることが出来ないのは、ボクだって逃げ出したい気持ちでいるからだ。

 阪急梅田の裏通り、ビルの四階にある、バー。

 扉の前に「BAR HARBORU INN」とある。

 ネットの口コミだと、「若い人でも気軽に入れるお店☆」なんて書いてあったが、真っ赤な嘘である。

 重厚な扉に閉ざされ、店内の雰囲気は外からでは把握出来ない。

 店内を伺うことの出来ないボク達の不利さは、アウェイで行われる南米サッカーの試合並である。

 そんな状況にありながら、どうしてもこの店を訪れなければいけない理由がボク達にはあった。

 

 ウィスキーを飲める大人になりたい。そしてウィスキー倶楽部を立ち上げ、ウィスキーについて語り合う場を作りたい。

 つまりボクとHは議論を重ねた結果、男のダンディズムとはウィスキーである。という結論に至った訳である。

 その後リサーチを重ね、ここ「BAR HARBORU IIN」こそがウィスキー倶楽部の門出に相応しいということになったのだ。

 右も左もわからないウィスキービギナーのボク達は、その道の先輩方が集う、お勉強の場を探し求めて、ここにたどり着いたのだった。

 震える右手を扉に押し当て、半ばやけくそになりながら、ついに扉を開いた。

 「いらっしゃいませ」のトーンが居酒屋とは明らかに違う。

 柔和な表情をしたマスターがボクらに微笑みかけてくる。

 当然のごとく、そこにあるカウンター席。それはL字型をしていた。そしてテーブル席が二つほど。

 咳払い一つで消えてしまいそうな静かな音楽。

 ウィスキーボトルがマスターの背にズラリと並ぶ。

 カウンターには常連客と思われる背広姿のサラリーマンが三人ほど。

 皆それぞれに一人きりであり、孤独を全面にぶちまけている。

 ボク達はカウンターの一番奥の席、L字型の底辺の部分に腰を落ち着けた。

 出されたおしぼりの匂いに驚かされる。いつまでも匂っていたくなるようなとてもいい香りだった。

 入店した時点でここがハッタリの通用しない、神聖な場だと気づいていたボクとHは、とても正直に、そして完全なビギナー面で「ホームページを観て来ました。ウィスキーを勉強したいんですが、何から飲めばいいのでしょう?」と尋ねた。

 ボクも接客業をしているからよく分かるが、こんな時、知ったかぶりをする奴は大概の場合、痛い目に遭う。

 正直に「初めてなんです。教えて下さい」これさえ言えれば、その客はその場で誰よりも尊重される客となるのだ。

 

 マスターがメニューを開き、アイラモルトの欄を指でさす。

 スコットランドアイラ島。ウィスキーの聖地。

 そこで蒸留されたアイラモルト

 まさにボクがウィスキーに興味を持つ、きっかけとなった場所である。

 村上春樹の紀行「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」

 著者がアイラ島を訪れた時のことを書いている紀行文である。

 これを読んだのが二ヶ月ほど前。それからというものボクはウィスキーとアイラ島に完全に心を奪われてしまったのだ。

 そして、倶楽部の立ち上げと同時に、アイラ島を前面にプリントした倶楽部オフィシャルTシャツを作成。

 このTシャツをメンバー全員で着て、ウィスキーを語る会を開く事が当面の目標である。

 何事も形から入る主義だが、今回の場合はあまりにも見切り発車感が強い。

 飲んだことのあるアイラモルトは避けてもらいマスターにチョイスしてもらった銘柄は”アードベッグ10年”と”キルホーマンマキヤーベイ”。

 それぞれシングルで1300円ほどである。

 飲み方はもちろんストレート。

 これだけは我々がビギナーであっても譲れない。「炭酸なんかで割っちゃダメだよ!!ウィスキーはストレート」とタモリさんも言っていた。

 ボク達の前に出された琥珀色のウィスキーと透明な水。

 ウィスキーを一口含み、舌の上で転がし、時間をかけて飲み込む。

 そして水を一口。この作業を繰り返す。

 Hが言う「ウィスキーってお酒の中で一番エロいな」

 ボクは深く頷く。

 「これを好む人等はきっとドスケベやわ」

 ボクの言葉に、Hも深く頷いた。

 お互いのウィスキーを回し飲みし、一杯目を飲み終えた。

 

 「アードベッグは女優で例えるなら、石原さとみやな。人生を上手く生きる方法を知ってる女性やわ。唇の分厚さが自分の武器やと早くから気づいてたんや」

 「や、やられた…」Hの表現にシビレそうになりながら、ボクも負けじと応戦する。

 「キルホーマンは綾瀬はるかやわ。天才肌で、空から舞い降りた天使的な存在、きっと誰もが彼女の前では、その圧倒的な力の差に愕然となるんや」

 ボクの表現にHもそこそこシビレたようである。

 お互いに会心の一撃を繰り出し、満足顔で二杯目を注文する。

 ここまで来たなら行くとこまで行こうと、メニューに載っているアイラモルトの中で最も熟成された、高価な物を二つ注文。

 ”ボウモア18年”と”ラフロイグ18年”。

 共に二千円オーバーのウィスキーである。

 「一番いいものを最初に飲みなさい!!入門編なんていらない」とタモリさんも言っていた。

 見るからに熟成感の強い、色の濃さ。10年物よりも更に8年間樽の中で熟成されていたのだから当然の佇まい。

 まず最初にボクが一口。

 「・・・・・・」

 「おい、なんか言えよ」

 Hが怪訝そうにボクを見つめる。

 ボクはHに「とにかく飲め」のシグナルを無言で送る。

 Hが一口。

 「・・・・・・」

 ボクらには18年熟成されたウィスキーを表現できる感性が備わっていなかったようだ。

 ただ二人で、「分からない」と呟き。

 そして、わからないからこそ分かりたいと言い合った。

 

 二杯目を飲み終えた頃、マスターがボクらの元に来て、これがアイラ島です。と島の写真を見せてくれた。

 「素人が撮ってもプロが撮ったみたいに写る島なんです。それがアイラなんです。」

 「何もないのがいいんです」

 「あれほどまでに風景が風景である場所は他にはないですよ」

 マスターの言葉にボク達のアイラへの思いはより一層強くなり、勇気を持って扉を押し開いて本当に良かったと心から思った。

 マスターに頭を下げ、必ずまた来ますと約束して店を出た。

 

 ヨドバシカメラの明かりに照らされながらコーヒーをすするボクとH。

 出会ってから二十年、ボク達の別れ際はいつもこんな感じである。

 「それにしても、18年物のウィスキーとなると簡単に心を開いてはくれへんなぁ・・・女性もウィスキーも齢を重ねると内に秘めるようになるんやわ」

 ボクの言葉にHは言葉をなくし唖然としている。

 構わず続けるボク。

 「あのわからん感じは角が取れて、主張を抑えた姿なんやわ。」

 Hは膝から崩れ落ち、「悔しいけど、今の言葉が今日の一番やわ。名言残したな。ウィスキー倶楽部会長」

 友の言葉に嬉しくなり、倶楽部の発展とTシャツの増刷を心に誓ったボクであった。

 aloha shigeru!!