”雨と意地”
帰り道
市内を流れるK川のちょうど中程、川が複雑に入り組み、ワンドを形成している辺りで、三十代男性の水死体が発見された。
白のシャツにグレーのスウェット、青のスニーカーを履いている水死体。左腕に付けているブラックのGショックは、男が生きていた頃となんら変わることなく、一秒一秒を刻み続けている。
やむ気配をみせない雨に、打たれる覚悟を決めて男は外にでた。
本を読み、喫煙をすることを目的に訪れたファミレスから、自宅までは徒歩十分。びしょ濡れになるのは間違いないだろう。
雨音は強まるばかりで、自然の猛威、と言えば大袈裟かもしれないが、少なくとも自然の怒りの末端ぐらいは、感じとれてしまうほどの不協和音である。
歩き始めて三分、男はつぶやいた。
「大した雨じゃないな」
同時に雨の一粒一粒の重量が増し、持っていた傘がへしゃげそうになる。右手にグッと力を込め、その重量に負けぬよう傘を同じ高さにたもつ。
自宅へと続く道は、外灯もまばらで、足下に注意しなければアスファルトの窪みに足をとられかねない。
足下の不自由さと、強まり続ける雨に、舌打ちをしながら独り言をつぶやく。
「豪雨というには、あまりに軟弱だ」
アスファルトを流れる雨は勢いを増し、男の青のスニーカーを濃紺に染め、グチョグチョといやらしい音を立てた。
自宅までの川沿いの道を急ぎ足で歩き、たまに通り過ぎる車のヘッドライトに負けぬよう、まばたきを堪える。
「快晴となんら変わりない」
吠えるように放った言葉に突風が吹き付け、男の傘は完全に裏返り、その機能を停止した。
傘を地面に叩きつけ、シャワーと化した雨を全身に受けながら、大股で歩き続ける。
川沿いに佇む自宅を眼前にとらえ、男は叫んだ。
「その程度の雨量で人間様に、オレ様に勝ったと思うな!!」
足下の地盤は多量の水分を含み、男の僅かばかりの体重で崩れ落ち、その身体は濁流の中に引き込まれた。
薄茶色の濁流に流されながら、発することのできない言葉を吠えるように放った。
「貧相な流れだ!!まるで渓流にも及ばない!!」
ゴボゴボと、その声は濁流にかき消され、男の身体はその流れが落ち着き、快晴になる日まで、川と一体になり続けた。
aloha shigeru!!!